
一般的な大人が1kmを歩くのに必要な時間は約15分と言われます。
また、人が10分歩くと約1000歩だそうで、1日あたり6000歩~8000歩を歩くのが健康には良いと聞きました(病院の先生から)。
人は面白いもので、1kmくらいなら「歩こうかな」と思うけど、倍の2㎞になると「車・バス・タクシーを使おう」と考えるようになります。
その結果どうなるか?・・・と言うと、現在地から1km進むよりもその倍の距離である2㎞進むほうが時間的には「早く着く」ということが起きます。
方法・手段を無視して単純に「1キロ進むより2キロ進むほうが早い」ということだけを見ると理論的にはおかしな話です。
人間という生き物は「そこそこ我慢できる距離だと非効率な選択をしてしまう」ということが言えるのかもしれません。
→ 「距離」を他の言葉に置き換えて人生に当てはめて考えてみると?
「そこそこ我慢できる待遇だと」・・・サラリーマンは会社を辞められない。
→ サラリーマンが会社を辞めない本当の理由は、会社の仕事・処遇・人間関係などの諸環境が「そこまで地獄じゃないから」です。
「そこそこ我慢できる夫婦関係だと」・・・夫婦は離婚しない。
→ とっくの昔に愛想が尽きていて、もう全然愛していないのに離婚しない理由は「今の夫婦生活がそこまで地獄じゃないから」です。
「不満があるのに何もしない人」というのは意外と多くいます。
それは偏に「そこまで今が地獄じゃない」と本人なりに理解しているからだと思います(つまり「最悪じゃない」)。
人は「最悪」なら動きますが、でも、「中途半端に悪い」と動こうとしないもので、それはまるで「ぬるま湯に浸かっている」ようなものです。
ぬるま湯に浸かって安心していると、「茹でガエル」現象が起きやすくなるので要注意かもしれませんね。























