「魚を与えるのではなく釣り方(獲り方)を教えよ」とは、中国の『老子』に出てくる有名な格言です。
意味は、「魚を与えても食べてしまえばそれで終わり、でも、魚の獲り方を教えればずっと食べていける」ということです。
親が子に教えるべき本質もここにあると思います。
つまり、親は子に「お金をたくさん遺す(相続)のではなく、どうすればそんなたくさんのお金を蓄えることができたのかを教えることが大事」ということです。
子にまったく財産を残さないのも愛情がなくて味気ないと思いますが、親が節約ばかりしてせっせとお金を貯め、それはすべて子どものために財を残すためだとしたら、それもかなり勿体ない生き方だと思います。
親を愛し、尊敬している子どもであれば「そんなことしなくていいから、もっと自分のために使って人生を楽しんでほしい」というハズです。
子どもが、「自分のために財産をたくさん遺してほしいから親にはできるだけ節約した生活をしてほしい」と言っているようなら、それは「子育てを間違えてしまった」と思います。
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子どもに多額の現金を相続で遺してしまうのは、例えるなら「普通自動車免許を取り立ての若者に、高級外車の新車を渡す」ようなものです。
アクセルやブレーキの加減も分からず、運転経験も未熟なのに、そんな部不相応なモノを与えてもあまり意味がありません。
公道に出れば最初のコーナーでクラッシュして大事故を引き起こすかもしれません。
「多額のお金」を遺すことは愛情ではなく「毒」にもなりかねない・・・です。
ただし、かと言って、「おまえもイチからやってみろ!」と冷たく突き放すのも行き過ぎです。
やはりここで大事なのは「いかにしてお金を稼ぐか?」の手法・道筋・考え方などを生前のうちに教えておく(伝えておく)ことです。
そうした「ノウハウ/教育」がキチンと施されていれば、いつの時代も、どこの国に行っても、子は自分の力で必要なモノを手に入れられると思います。
多くの親は、子どもを愛するあまりに余計な苦労をさせたくない・・・と思って、「予め釣っておいた魚/満開に咲いた花/多額のお金」を遺そうとしがちです。
一時的に子どもは喜びます。
でも、「魚は食べればなくなります/満開の花もいずれ枯れます/お金も使うほどに減っていきます」。
そうしたときに子どもはどうするのか?
「食べる/眺める/使う」ことは知っていても「魚の獲り方/花の咲かせ方/お金の稼ぎ方」を教わっていなかった子どもはそこで困惑します。
どうすればいいのか分からない!お父さん(お母さん)!生き返って教えてよ~!と嘆くかもしれません。
「億単位のお金を作ること」を子どもに対する愛情・ゴールにしてはいけないですね。
その「億円を産み出し続ける仕組みや考え方を次世代にインストールさせておくこと」を以って親の愛情・ゴールにするほうがベターだと思います。
























