
(例1) アメリカに行ったことのない人に「アメリカに留学しようと思うんだけどどう思う?」と聞いてもあまり意味がありません。
聞かれたほうは
1.ヘタに答えて後から責任を追求されても困るから「止めときなよ」と答えておこう
2.アメリカに留学なんてすごいな!何だか自分より優等生に聞こえるからここは「行かないほうが良い」と答えて自分と同じ位置に引き留めておこう
などと思うのがオチです。
(例2) 異性と付き合ったことがない人に「あの人と付き合おうと思うんだけどどう思う?」と聞いても、上記の例と同じで
1.責任を取りたくないから無難な答えをする
2.自分が負けた気がして面白くないから自分と同じ位置に留まるような答えをする
のが一般的です。
(例3) 不動産投資をしたことがない人に「不動産投資をやってみようと思うんだけどどう思う?」と聞いても上記の例同様に意味がありません。
こう書くと多くの人は「うん、そうだな」「当たり前だな」と思うものですが、たとえば不動産投資をやってみようと思った夫が妻に相談することを考えるとしたら・・・?
たいていの場合、妻は反対します(現状維持で投資しないことをススメてくる)。
それなのに世間の多くの人はそれをやってしまいます(その結果、投資の一歩を踏み出せないでいる)。
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学校の先生と呼ばれる人の多くは民間企業での勤務経験がありません。
でも、生徒・学生にはかなり上から目線で「進路指導」をしてきます。
民間企業での経験アリとナシとでは社会人としての経験値にも大きく差が出ます(民間企業は利潤追求を主としている)。
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私は、今、高校時代、大学卒業時には想像もしていなかった手法で生計を立てています。
当時は「一般企業に就職して、定年まで働いて、その後は年金生活で悠々自適な暮らしを送る」と想定していましたが、実現させたのは「一般企業に就職する」という点だけです。
定年まで働くどころか、6年勤めて転職し、次の会社でも19年勤めて退職し、その後は働くことなく、しかも年金を受けとることもなく生活を送っています。
お金を投じる(投資) → お金が発生する という「就労とは違うスタイル」で収入を得ています。
人生、本当に何がどうなるか分からないものです。
一般企業で働いたことのない学校の先生が言う就職の話、仕事の話、ビジネスの話には信ぴょう性が不足しています。
福沢諭吉が説いた「実学(虚学=学歴)」こそが大切です。
経済的自由を得たい!と思うなら、実際にその境地に至った人に聞くのが筋でしょうし、さらに言えば「他の人を経済的自由の境地に至らせたことがある人」に聞くのが理論的に正解だと思います。
身近にそうした先人がいない場合は、本屋さんへ行けばたくさんの「先人の知恵」が詰まった書籍が並んでいます。
いずれにしても「体験の是非」は実際にその体験を経た人に聞く・相談することが大原則だと思います。
























