
かつて、一家には一台の黒電話が存在していました(一家一台の時代)。
やがて「親機・子機」の発想が加わり、複数の電話機が一家に存在するようになりました。
また、電話という音声だけでなく、紙をセットして文字で印刷するという「FAX」も登場しました。
初めて「携帯電話」が世に出た時、それは肩掛けの大きなモノでした。
それが今ではご存じのとおり、すっかり手のひらサイズに収まっています。
パソコンもしかりで、パソコンと言えばテレビ型の画面で後ろが出っ張ったモノでした。
やがて薄型になり、ノートタイプも開発され、持ち運びしやすいタブレットも開発されてきました。
何が言いたいか?
世の中にあるものの多くは、未来においてはきっといろいろ改良されていて、今の世には存在しない形状で存在しているだろう・・・ということです。
一家一台で持ち運びなんて想像もできなかった「電話」が、一人一台で自由にどこにでも持ち運びでき、しかも電話だけではなく写真を撮ることもビデオ撮影をすることもでき、世界中とつながって一瞬で検索が可能となる・・・なんて、肩掛け携帯が出現した時でさえ誰も予見できなかったと思います。
今あるモノが「いずれ技術革新でもっと機能豊富で便利になる」と仮定したなら、ここで言えることは「見るべきは今ではなく、今の延長にどんなことが想定できるか?」・・・ということです。
「今」しか見ていないと近視眼的発想止まりです。
今の延長・・・もっと言うと「延長でもなく大胆に発想する」ことが予見につながります。
たとえば、「電気」が発見されて電球になるまでいろいろなものが組み合わさっています。
「あー、誰かが電気を発明したからもう自分には仕事がない/将来は不安しかないな」・・・などと過去に言っている人がいたらその人はそこ止まりです。
「電機は誰かに発明されたけど、ここからどんなことに派生できるかな?」と未来へ目を向けた人が(すぐにではなくても)どこかで花開き大成します。
50年後の未来から今の「令和8年あたり」を見てもきっと同じです。
未来から見たら令和の今でさえ、「あれもこれもまだ発見されてないぞ。あんなこともこんなこともまだ開発されていないなんてチャンスだらけだな!令和8年に戻れたら超チャンスだな!」となるハズです。
今の人が「3年前に戻れたらAIがまだ未開発だから超チャンスだな!」と思うのと同じです。
今でさえ(もっと言うと来年であっても)、未来から見たら「チャンスだらけ」です。
技術革新、発想の転換、それらの融合などによって文明文化は進歩します。
多くの人(特に年配者/高齢者)は「言われてみれば」レベルで、日々何も考えずボーッと過ごしています、そして二言目には「将来に不安が・・・」などと言ってお茶を濁したがります。
でも、そんなことを言っていても何も好転しません(変わりません)。
自分の人生を好転させるのも、良い意味で変えていくのも「自分の意思と行動」にかかっています。
「5年先・・・10年先から今を見る」といういう視点・発想・思考が大事です。
もう一度言いますが、10年先の未来からすれば「今はチャンスだらけ」です。
何年か経って「あの頃に戻れたら・・・」と愚痴ることのないよう、今から少しでも未来志向/陽転思考で人生を変化させる努力していくと良いと思います。
























