
物事は、苦もなく簡単に進むことばかりとは限りません。途中で艱難辛苦(かんなんしんく)に耐え、乗り切る精神力も必要です。
人は欲求を持ってもそれが気安く手軽に入手できないことに「苦しみ」を感じたりします。いわゆる「求不得苦(ぐふとくく)」です。
そのときに、その欲求を求める目的意識がはっきりしていて、決してあきらめない心を持っている人はどんな困難があっても「辛抱」することができます。
辛抱は、目的がしっかりしていることによって湧いてくる忍耐力のことです。
また、一般的によく使われる 「我慢」という言葉がありますが、我慢は目的がはっきりしない中で一定時間を耐えることです。
一種の拷問まがいなもので、逃避の類とも言えます。
どちらも精神力を鍛える訓練には効果はそれなりにありますが、辛抱の柱を自分の中にシャキッと立てることのほうがより大切です。
言葉遊びになりますが、芯がある・・・心がある・・・信があることで、辛抱という柱も立てられるだと思います。