昭和生まれの人の中には、子どもの頃にお爺ちゃんやお婆ちゃん、両親、先生、近所のオジサン・おばさんなどから世間のルールや道徳などを学んだ人も多いと思います。
そのころはまだ「大家族」が当たり前で、今のように個人情報やハラスメントが取りざたされることはなかったですし、割と地域ぐるみでの生活が成り立っていたような気がします。
互助の精神がそこにはありました。
ところが、昭和から平成の時代に変わりにつれ大家族もほとんどが「核家族化」していき、一軒家からマンション暮らしをする人が増え「隣の人は何する人ぞ?」となって、どんどん地域の人がプライベートに侵入してくる機会は減りました。
その結果、子どもは親からの躾だけが自分の器を形成する元となり、親がダメなら子もダメになりがちになったような気がします。
独学で勉強をする姿勢のない子どもはいつしか独りよがりな生き方が当たり前となって、世の中のルールや道徳、道義といったものが欠如してきたかもしれません。
平成から令和になるとその傾向はあらに加速し、どんどん「個」を重視するがあまりに世の中のルール・理(ことわり)が蔑ろにされてきたような気もします。
だから、日々、耳を疑うような事件や事故が起きてマスコミを賑わせます。
こうした流れが良いか悪いかは置いておいて、これもまた時代の移り変わりだと理解することが大切なのだと思います。
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「大好きなことをすると人生がうまくいく・・・」といった風潮が流れていますが、実際問題、好きなことだけをして人生がうまくいく人は極々少数だと思います。
いわゆる「世の中はそんなに甘くない!」です。
その結果、かえって自分で自分を傷つけることになって精神を病む人も増えてきたとも言われています。
仮に今までお金に困っていた・・・のであれば、そこには必ず「お金に困る」だけの原因があるハズです。
何か理由があってお金が稼げなかったのか、それとも浪費クセが強くて入っていくる以上に出ていく家計になっていたのか・・・です。
自分自身がその「原因」を変えない限り、将来は何も変わりません。
何かを変えない限り、何も変わりません。
今日を変えない限り、明日は変わりません。
人生はよく「旅」にたとえられますが、その「旅」というのは、先進国へ行く団体旅行のように予定調和的なものではなく、発展途上国に個人旅行で行くような先の見えない旅だと思います。
でも、だからこそ、その先の見えない旅からは多くの教訓を得られます(学べることが多い)。
そして、そこで得た教訓はさらに人生の先々で有効な知恵として自分を救ってくれます。
「大好きなことをやって人生がうまくいく」・・・というのは確かに一つの理想ですが、あまりに甘美な言葉に騙されてかえって精神が病むような負のスパイラルに陥らないように気を強く持つことが大切だと思います。