「人生100年時代」です。
長寿になって人生を楽しむ時間が増えたのは良いのですが、仮に人生が伸びても人生を楽しむことができなければその長寿はむしろ苦痛でしかありません。
人生100年時代では下手をすると「長く生き続けることそのもの」が一つのリスクになります。
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サラリーマンの場合、給料を生活の原資として日常を成り立たせられるのはせいぜい60代までです。
70代以降は年金頼みの生活となり、現役時代と比べればトータルでは必ず収入減となります。
そんな収入減であっても生活資金が十分に足りているなら何の問題もないのですが、もしそれが不十分であったなら、70代以降の人生は高齢で身体が自由にならなかったりするだけに余計に苦痛と感じられるかもしれません。
若いときは耐えられることも歳をとると耐えられなくなる/耐えたくない・・・ということはよくあるものです。
会社からの給料が激減したりストップするタイムリミットはほぼほぼ見えている(≒65歳)のに、何の手も打たずにその日を迎えてその先の人生を苦しむようではうまくありません。
人生100年時代であっても、給料ストップの年齢は65歳から70歳です。
単純に考えてもそこから先の人生が30年くらいあります。
退職後の残り人生を30年~35年と想定したとき、自分に働く意思があったとしても受け入れてくれるところはかなり限定的です。
「肉体労働関係」がほとんどなので、70歳を過ぎた高齢者にとってその選択肢は無いに等しいと言えます。
仕事をしたくても希望する職種での雇用はない・・・、自身の心身堅牢性から鑑みて実際には思うように働けない・・・とあらかじめ気づくことは大切です。
そうした予備知識/事前の覚悟を持った人こそが今後の人生を有意義に暮らしていけると思います。
生きている限りはどんなに節約ライフ生活を送ったとしても、一か月あたり20万円くらいの生活費用は必要だとみておくほうがベターです。
貨幣価値はその時代環境によって違います。
昔の20万円と今の20万円の価値は違うし、将来の20万円の価値も今と同じではないはずです。
だからこそ、ヘンに預貯金に頼ろうとするのではなく、その時代環境下での安定した収入源に頼ることを意識することが重要になってきます。
自分が働かなくなっても/働けなくなっても、毎月もしくは毎年安定した収入が得られる・・・という権利収入の道を確保しておくと精神的にかなりラクになります。
権利収入は経済的自由を引き寄せます。
経済的自由は精神的自由をもたらしてくれます。
経済的自由は行動的自由をも与えてくれます。
ある程度の年齢になったら、将来の経済的自由を確保することを少しでも検討してみると良いと思います。