
足をまっすぐ伸ばしたままジャンプしようとしてもできません。
ジャンプするには膝関節の屈伸が必要で、少しかがんでから上に飛び上がらないと高くはジャンプできません。
物事にはこうした事例がいくつもあります。
つまり、何かになりたい(何かを成し遂げたい)と思えば、順風満帆に何のトラブルもなく突き進むことを望むのではなく、なろうとすることの間逆をいくこと(場合によっては多少のトラブル)も必要になるということです。
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朝顔の花は、長らく朝の光を受けて咲くものだと思われていました。
ところが、ある植物学者が朝顔の蕾(つぼみ)に24時間光を当てても花は咲かなかった・・・。
そこから、朝顔の花が咲くには、朝の光に当たる前に、夜の冷気と闇に包まれる時間が不可欠だ・・・ということに気づけたとか。
考えてみれば、人も明るい所で光を見てもそれを明るいとはなかなか思わず、闇の中で光を見るからこそ光の方向に行こうとか、光を大切にしようとすると言えます。
健康で言っても、普段は健康のありがたみがなかなかわかりませんが、いったん病気やケガをしていかに健康が有難いことかがわかります。
ジャンプするには膝の屈伸が必要になるように、自分が何かを成そうとすればその対価として何かを差し出すことが必要かもしれません。
そうした広い視座で物事を見ることで生き方は大きく変わってくると思います。