
視野の狭い人/教育レベルの低い人というのは、とかく「誰かに責任を問う」ことが大好きで誰かを攻撃しようとします。
自分と直接関係のないことでも、世間で何か騒がれる出来事があると、サッとそれに乗っかってすぐに「戦犯探し」を始めます。
無関係の外野のくせに責任の所在を求め、「イジメ対象者」をあぶりだして攻撃することで自分のほうが優位に立っていることを証明したいのだと思います。
たとえば、サッカーで絶好のフリーキックを外して試合に負けたといったとき、そのフリーキックを失敗した選手を戦犯として非難を浴びせたりします。
SNSの普及により、日々さまざまな誹謗中傷のコメントがネット上を賑わせています。
でも、そうしたことをすること自体に意味がないし、非難されたり、責められたりする人がすべて悪いとは限りません。
スポーツの試合の例で言えば、監督や主将などの立場の人が直接「あいつのあの失敗のせいで負けた」・・・などと特定の誰かを犯人扱いして責め立てるようなことはしません。
それは単に道徳的なことではなく、そうした立場の人は試合全体・チーム全体を見ていて、決して「一つの失敗だけ」を見ているわけではないからです。
試合全体・チーム全体を見ているがゆえに(←つまりは視野が広いということ)、ある失敗の伏線になった別の事象・ミスなども含めて原因ととらえます。
自分にも責任があることを自覚できることが人の上に立つ立場の資質です。
全体が見えている選手同じように「悪い、俺の動きも良くなかった。もっとフォローできた・・・」などと自分の非を認めます。
戦犯探しをしたところで、ただのイジメです。
ましてや、その結果に直接関与しない赤の他人が外野の存在なのにあーだこーだと騒ぎ立てるのはナンセンスだと思います。
ビジネス・会社でも似たようなことはよく起きますが、優秀なリーダーほど戦犯探しはしません。
むしろ、リーダーである自分の責任だと潔い態度で皆を安心させます。
リーダーはそうした姿勢を保つことが大事ですし、世間の声に付和雷同して特定の誰かを戦犯としてイジメ対象にすることがあってはいけないと思います。
























