最近のファミレスやホテルのブッフェではコーヒーマシンを導入することろが増えました。
各自、自分で好きなようにコーヒー類を入れて飲んでください・・・というわけです。
ここで、仮に自分はブラックコーヒーを飲みたいと思っているのにボタンはカフェオレを押したら・・・?
間違いなくカフェオレが出てきます。
どんなに「私はブラックが飲みたいんだ!」と心の中で叫んでもミルクが混じっているカフェオレをブラックコーヒーに変えることはできません。
素直に「カフェオレを飲む」か「改めてブラックを入れ直す」しかありません。
この例であれば、自分の間違いを認め、それに応じて次の手を対処できる人がほとんどだと思います。
ところが、これを人生や仕事に置き換えると不思議なことにそう素直には受け入れられない人が増えます。
自分が間違えてボタンを押したのにそれを素直に認めようとせず、自分が間違ったのは他人のせいだ/環境のせいだと頑固に言い張って周囲に迷惑を振りまきます。
こんなに少ない給料じゃやっていけない
→ でも、この会社を選んだのはあなた
こんな仕事をするために会社に入ったんじゃない
→ でも、この会社を選んだのはあなた
こんな仕事をやってどうなるっていうんだ
→ でも、この会社を選んだのはあなた
仕事でミスをして叱られた
→ ミスしたのはあなた
今年も昇格しなかった
→ 昇格に値しない結果を残したのはあなた
・・・世界は因果応報の法則で成り立っています。
結果には必ず原因があります。
この世の中は自分で蒔いた種を刈り取るようにできていて、良くも悪くも自業自得です。
・・・・・・・・・・・
上記の例をもう一度おさらいします。
→ コーヒーマシンでブラックコーヒーが欲しいならブラックコーヒーのボタンを押さなければいけません。
もしカフェオレのボタンをして「おかしいな? ブラックコーヒーが出てこないぞ! このマシンはきっと壊れているんだ! ふざけるな!」と怒っている人がいたら・・・。
仮に「押すボタンを間違えていますよ」・・・と他人が親切に教えてくれたのにそれを聞き入れずあくまでも「自分が正しい」と言い張り、「責任は自分以外のところにある」と主張し、他者責任/責任転嫁を繰り返すばかりだとしたら・・・。
何ともみっともないことです。
求める結果に対しては「必要な原因」があります。
その「必要な原因」を追及せず、他のことを追及しながら永遠につながることのない結果を求めているとしたら・・・。
誠に残念なことです。
→ もし、経済的に自由になりたい/理想の人間関係を築きたい/心身ともに健康になりたい・・・と願うなら、それに必要な原因をつくれば(手を打てば)良いだけです。
それにはきっと今とは違うアプローチをしなければいけないことになると思われます。
でも、それが大事です。
そこで自分の主張を曲げず、自分の間違いを認めず、すべて自分以外のところに非があると言い張っていたら何も解決しません。
そうした場合にすべきことはたった一つです。
原因を変えることです。
ブラックコーヒーを飲みたいのにカフェオレのボタンを押している自分の過ちに気づき、認め、やり直す(修正する)という新たな原因をつくることが大事です。
それも今すぐに。
「原因と結果の法則」を正しく認識し、求める結果が得られなのは必要な原因ができていない/足りていないからだと知ることが重要です。
これらの言葉の意味を真剣に理解しようと努めることが大事です。
それを「意識」から「行動/実戦」につなげることができれば、きっとこれまでと違う思考パターンで毎日を生きることができると思います。
そして、それを習慣化していけばきっとこれからの人生は今までとまったく異なる質のものになっていくと思います。