
ブルーオーシャンとかレッドオーシャンと言っている人たちがやっているのは言わば「狩り」です。
「狩り」は結果が早いのですが、でも「狩り尽くしたら絶滅」します。
絶滅を防ぐには「近視眼的な視界」ではなく「遠く未来を見据えた視界」を持つ必要があります。
例えば、ズワイカニ漁は11月〜3月とされていますが、これは「狩場が存続するためにあえて行なう自制」です。
この自制を無視して一年中狩りをしていったなら、どこかでズワイガニ漁は終焉を迎えます。
似たような例はいくらでもあります。
ところが、そうした「遠い未来を見据えた視界」を持たない人、「今さえ良ければいい」と刹那的・近視眼的に生きているような人たちは愚かにも市場を荒らし、結局自分で自分の首を絞めることになります。
そうした「狩り」に対して、フルーツや野菜の収穫といったものは、決して近視眼的なものではありません。
それらが実を結ぶのはほぼ「年に1回」であり、その1回だけのために1年という長い月日を費やします。
フルーツ・野菜の良いところは、例えばリンゴを「狩り尽くす」ように全部収穫しても、実をつける草木は放置されるところです。
放置された草木は一見すると何もできないように見えますが、一年経てばまた花を咲かせ実を結んでくれます。
言うなら、決して市場を荒らしません。
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株や不動産を買って値上がりしたところで売却して「差益を得る」ことは、上記の例でいうところの「狩り」と同じです。
狩ったらお終い・・・です。
そうした視界を離れてもっと長い目で見る/購入した株・不動産を所有し続けるとどうなるか?
株式であれば、毎年(1回か2回)「配当金」という果実を得られます。
不動産であれば、それを賃貸に出すことで毎月「家賃」というお金を得ることができます。
どれも決して市場を荒らすような行為ではありません。
狩猟民族と農耕民族・・・といった表現もありますが、大事なのは「自分の人生に合わせる」ことであり、どうすることが「自分の生き様に向いているか」の問いに真剣に答えられるか・・・ということです。
私の場合は後者のパターンで、一種の農耕民族のように「市場を荒らさず、継続的に安定した果実を得続ける」ほうを選びました。
若い頃はどちらかと言うと「近視眼的」に物事を捉えがちですが、人生はまだまだ続きます(人生100年時代)。
どこかの段階で「近視眼的視界」から「遠く未来を見据える視界」にチェンジしていくほうがベターだと思います。
























