
人は無意識のうちに自分が所属している集団や、所属したいと願う集団の「当たり前」に合わせて行動を調整します。
もし自分の周りが「給料が上がらない」と愚痴をこぼしてばかりの集団だったり、「副業なんて怪しいからやらない」と嘲笑している人たちばかりだと、自分の基準値(←当たり前の水準)もそこに合わせて固定されてしまいます。
一例で言うと、月収30万円が「当たり前」になると月収100万円は「ありえない数字」になっていく・・・ということです。
また、反対に、自分の周りが「月収100万円は通過点だ」とか「お金は貯めて終わりじゃなくて増やして使うものだ」・・・という考えの人ばかりが集っているとしたら、自分にはそうした考え方が「当たり前」の基準になっていきます。
最初は居心地が悪かったり、周囲とのギャップに驚き、劣等感に苛まれるかもしれませんが、徐々に慣れていきます(集団から離れることをしなければ)。
最初に感じた「違和感」こそが、自分の「当たり前」を引き上げるエネルギーになります。
起業家・能力開発研究家のジム・ローンもこう言っています。
「あなたは、あなたが最も多くの時間を共に過ごす5人の平均になる」
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重要なのは、そうやって自分の基準値を半ば強制的に書き換えてくれる「環境」を手に入れて身を置くことです。
この「環境」という名の武器は意外と強く、影響力を有しているものです。
逆パターンの環境に身を置くのはキケンです。
「安心するためだけの群れ」に近づき、そこでほのぼのとして安心した気持ちになってしまうと、居心地が良いせいでそこから抜け出しにくくなります。
負担がほとんどなくて居心地は良いだろうし、多少の寂しさも紛れるかもしれません。
でも、残念ながらそこに「成長」の2文字はありません。
成長がないゆえに、好転した人生の未来も存在しません。
ぬるま湯に浸かっている間に、センスは確実に鈍くなり、目に見えない衰えが徐々に身体を覆っていきます。
「背伸びをしないといられない環境」に飛び込むと、イヤでも背伸びせずにいられないことから必ず「成長」が訪れます。
自分よりも視座の高い人たちがいる場所・環境に身を置ける人は幸せ者です(成長が約束されているから)。
最初は話題についていけないかもしれないし、今まで味わったことのないような恥をかくかもしれません。
でも、それは「一時の恥」で済みます。
必死に食らいついて、環境に染まろうともがけば明るい未来が待っています。
ヒリヒリするような緊張感のあるほうが人を覚醒させてくれる・・・と私は信じています。
























