世の中にはいろいろな経営者がいて、中には「名経営者」として世間に広く名前が知れている人や、亡くなった後でも依然として名前や功績が伝えられている人がいます。
たとえば、松下幸之助さんなどはその一人です。
そうした名経営者と呼ばれる人たちにはある共通点があります。
それは「公(おおやけ)の心」を持っていた・・・とされている点です。
果たして本人が本当にそうだったかどうかはわかりません。
世の人たちがそのように評価している!ということが大事です。
自分の金儲けや自社の事業を拡大すること以上に、世の中を良くしたい/世間に○○を広めて喜んでもらいたい・・・といった気持ちが非常に強い(強かった)経営者にそうした「公の心」が見受けられます。
「公の心」を持っているとみなされると、同時に立派な人だ・・・と称される傾向があります。
なぜなら、それだけ「公の心」を持っている人は少ないからであり、希少性があり、人間として倫理的に上位概念があるから・・・でしょうね。
私的な成功をどれだけ重ねても、世間はその人を「立派だ」とはなかなか言わないものです。
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営業マンでも、自分のノルマ達成のための熱心さは「頑張っているね」とは言われても、「立派だね」とは言われません。
たとえば、外出先でトイレを使うとき、自分が使う前にキレイにしてから使っても誰も褒めませんが、自分が使った後に次に使う人のことを考えてキレイにしておく人のことは褒めます。
毎日いくら散歩をしても誰も何も言いません(せいぜい熱心な人かな?)が、散歩しながら缶・ビンのゴミ拾いをしていたらみんな立派な人だと思ってくれると思います。
別に、他人から立派な人と思われるために何かをするのではなく、自分の意思でそうしたいから! 、そうすることで皆が喜んでくれるのがうれしいから!・・・と思って行えることが「公の心」のある人です。
根底にあるのは「奉仕の念」であり、少し拡大解釈して言えば「おもてなしの精神」かもしれません。
人々への奉仕を先にして自分の利益を考えない(もしくは後にする)・・・。
そんな発想が名経営者には備わっているのだと思います。
営業マンも単に「熱心な営業マンだ」と呼ばれるだけの人ではなく、加えて「立派な営業マンだ」と呼ばれるようになるといいですね。