
昔の小説によく出てくる悲哀をうかがわせるストーリーには「借金・貧乏」がたいてい含まています。
これは「日々の生活を過ごすためにやむを得ず借金をする → 悲哀を生む・・・」というパターンが読者の共感を呼びこみやすいからかもしれません。
ここでいう 「日々の生活を送る」は昔の概念で言えば、単純に「糊口をしのぐ=飢えをしのぐ」ことです。
そもそも昔は、「借金=親戚に頼む」が基本で、それは人として大変みじめで情けない姿だという教育観が施されていました。
明治~大正~昭和にかけて借金といえば親族や友人に借りることで、それはとても恥ずかしく屈辱的な行為だった・・・わけです。
そのため、中には「質屋」で家宝や衣服・宝飾品を質入れしてお金を手に入れる・・・という手を使う人もいたようです。
今の時代では、ほとんど考えられないことだと思います。
今の時代、そういう人はどうするか?というと、「消費者金融やクレジットカード会社」で「キャッシング」という手法でお金を借ります。
これは、かつての借金と違って「見知らぬ第三者(会社)からお金を借りる」というところに、かつての心理的屈辱感を払拭したものがあると思います。
場合によっては、誰にも会うことなく(顔を合わせることなく)カード一枚で手軽にお金を手に入れられる・・・という側面もあります。
貸す側も「気軽な利用」を促進しています。
人に会わず、頭を下げる必要もなく、数分でお金を手に入れられる・・・となれば、恥ずかしい思いや屈辱感を味わうこともありません。
だから、そうした手法でお金を借りる人が増えても不思議ではないと思います。
でも、そこに落とし穴があることも事実です。
手軽さゆえにその後の「返済」に苦労します。
下手をすれば、家庭不和、離婚、退職、犯罪、夜逃げ・・・といった人生を大きく狂わす展開になりかねません。
自己責任と言ってしまえばそれまでですが、消費のためにお金を借りることは現に慎む必要があると思います。
特に、社会のことをまだあまりよくわかっていない若者には、「消費のための借金」は禁物です。
金銭管理の知識もなく、基礎もできていない若者には危険な行為だと思います。
昔に比べればはるかに簡単にお金を手に入れられる時代になりましたが、だからと言って「お金を簡単に手に入れて良い」ということでもないと思います。
お金の教養を身につけ、お金の管理の基礎ができている状態でなければ、むやみやたらに消費のためお金を借りることはしないほうが良いと思います。