中国の古典に『漢書(かんじょ)』というのがあり、その中の「雀光伝(かくこうでん)」に「曲突、たきぎを移すには恩沢なく、焦頭爛額、上客となすや」という格言があります。
元はこんな話です。
ある晴れた日の田舎の話です。
一人の旅人が村の大金持ちの家の前を通り過ぎようとしたとき、煙突から火の粉が出るくらいに竈(かまど)の火が燃え滾っていることに気づきます。
「このままだと危ない!」と思った旅人は、親切心から家の主にその旨を告げ、火を弱めたほうが良いと忠言します。
ところが、その家の主は旅人の声を聞く耳を持たず、「よそ者が余計なことを言うな」とばかりに追い返します。
貴重な助言をもらったにもかかわらず、その重要性に気づかず、むげに断り、当然褒美をくれてやることもなかったわけです。
その翌日。
煙突から噴き出た火の粉が母屋のかやぶきの屋根に燃え移り、瞬く間に火の勢いが強くなっててんやわんやの大騒ぎになりました。
するとそこへたまたま通りかかった別の旅人が消火活動に飛び入りで参加して火消しに尽力しました。
頭を焦がし額を爛(ただ)れさせながら(=焦頭爛額)八面六臂の活をしたおかげで火は何とか食い止めることができました。
家の主はたいそう喜んでこの旅人(火消しを手伝った人)に褒美を与えた
・・・というお話です。
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こうした話はサラリーマン社会でもよくある話です。
物事の本質を見抜き、トラブルが起きる前にその予防を図ろうとした優秀な社員に対して、能力・器不足の上司なるがゆえに事の重要性に気づけず、むしろその優秀な社員を蔑ろにしたり叱責したりする・・・。
その結果、後にその社員が危惧した通りのトラブルが生じ、多くの社員たちがその解決に奔走せざるをえなくなり、会社は余計な労力と多大なる無意味な時間とお金を費やすことになる・・・。
その問題がようやく落ち着いた後、問題処理をたまたま担当した社員だけが褒められたり昇給したり特別手当を得て、最初に「トラブルの発生を予見しそれを防ごうとした社員には何の恩賞もなし・・・というパターンです。
将来起こりうるリスクを予見し苦言を呈する者は、組織の長にその者と同じだけの力量がないとき、嫌がられ疎まれ遠ざけられます。
これは非常に嘆かわしいことです。
逆に、普段、甘言を弄して危機の時に真っ先に逃げ出してしまうような不届き者のほうが厚遇されていたりします。
上の話で言えば、本当に役立つのは「たきぎを移す」ことを進言した旅人なのに、それは評価されず、評価されたのは火事の消化をたまたま手伝った人だけ・・・ということです。
事態の発生を予防する者を不当に評価し、その予見通りに事態が発生・悪化したときに派手に動き回った者を優遇する・・・というのはダメマネジメントです。
「長」の立場に就くものに長の資質がないと言わざるを得ません。
組織はこれではいけないですね。
仮に「何も起こらなかった」としても、それが適切なプロセスのうえでの結果であれば良いのですが、たまたま偶然そうなっただけ・・・ではうまくありません。
「何も起こらなかった」と「何も起こらないようにしておいた」の違いは大きいです。
未萌(みぼう)に見て、あらかじめ「たきぎを移す」ことを念頭に置けるような人こそがリーダーの職に就くべきでしょうし、そうしなければ組織の安泰には程遠いと思います。