
世の中には多くの「有名人」がいらっしゃいます。
芸能人と呼ばれる類(俳優・歌手・お笑い芸人など)の人や、マスコミによく登場する経営者だったり、スポーツ選手だったり、ある道の第一人者などの人たちです。
中には自分が望んで有名人になったわけではない人もいらっしゃいますが、多くの人は有名人になったことを最初は好意的にとらえていた(喜んでいた)と思われます。
ところが、徐々に有名人としての苦しみ・辛さ・不便さを感じるようになる人も多いと思います。
私のような無名人(=一般人)であれば、どこで何をしてもそれが法に抵触しない限り誰も特段取り上げることはありません。
好きな時に旅行をしたり、ラーメンを食べたり、ビールを飲んだりできますし、仮にそれがSNSで世間に晒されても「いいね!」がついて好意的に受け止められます。
でも、これが仮に、Aビール社の社長がBビール社のビールを飲んでいる姿が撮られると、いいね!とは真逆の「批判」で炎上するでしょうし、場合によっては社長の職を失うことになるかもしれません。
有名人はプライベートでも誰かに監視されるリスクが高く、自由さよりは不自由さが増すと言えます。
だから私は有名人になって「自由さを失う」よりは無名人のままで「自由さを堅持する」ほうを選びました(キツネのすっぱいブドウですが・・・)。
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経営者の中には、ただ闇雲に会社の売上・利益を拡大することに精を出し、自分が忙しいだけならまだしも従業員を巻き込んで理不尽なことを要求し続ける人がいます。
従業員は自分の幸せのほうを優先したいのに、社長のわがままに付き合わせられて「何の根拠もなしに会社の売上・利益を大きくすることに強制的に参加させられて辟易している」という人も少なくないと思います。
社長は会社を大きくして有名人になりたいかもしれませんが、そこで働く社員は別に有名人になりたいわけでも他人に注目されたいわけでもなく、ただ平和に安定して経済的に自由な暮らしを繰りたいだけかもしれません。
もちろん、これとは逆のパターンもあり得ます(社長はひっそり過ごしたく、社員のほうは有名人になりたい)。
言いたいのは、人それぞれ目指す方向があり、全員がまったく同じとは限らない・・・ということです。
会社で働く以上はそこでの理念を共有し、同調し、協力し合うことは必要です。
でも、そこを離れたら(プライベートの域に入ったら)、人それぞれの人生があります。
会社では末端の社員で上位職者にペコペコしているとしても、自宅に帰ったら一家の大黒柱で主人という人も多いです。
私は有名人になる道を歩まなくて本当に良かったと思っていますし、今こうして自由に出かけて食事をしたり遊んだりできる環境に感謝し満足しています。
























