今の時代に、高学歴のメリットは?・・・と言うと、まあ「ない」とは言いませんが、かつての昭和の時代ほどではないと思います。
昭和の時代は自分だけで事業を成功させることが難しく、公務員やサラリーマンになるほうが経済的にも安定を得られたので、徐々にそういう選択をする人が増えていき、そのための就職や出世に影響する「学歴」がどうしても重要になりました。
ところが、時代は変わり、組織で働くよりもインターネット等を駆使して個人で独立して就労する形でも生計が保てるようになってきました。
資金ほぼゼロでも起業ができてしまうので、かつてほど「独立に対する警戒、不安感」はないと思います。
そして、その際に学歴はまったく・・・と言っていいほど関係ありません。
また、公務員やサラリーマンの世界においては、学歴よりも専門能力や実績が評価される時代になってきています。
つまり、それだけ学歴の重要性は落ちてきているわけです。
古臭い旧態依然とした価値観を持つ経営リーダーが牛耳っている会社に就職する場合や、名前だけの高学歴にひれ伏すようなゴマすり価値観を持つ客相手の場合などにしか、学歴はほとんど影響しない時代と言えます。
東証1部上場企業で採用・面接・社員およびリーダー研修等を10年以上にわたって実施してきた私の経験から言えば、「出身高校・大学の学歴」なんて本当に社会人になったら無意味です。
それでも、子どもを育てる親の多くは自分の子どもが偏差値の高い高校や大学に進学することを未だに望んでいます。
そして、そのために子どもに「もっと勉強しなさい・・・成績を上げなさい・・・」などと発破をかけます。
親の世代が、未だに高学歴なら将来は安泰だとか、高学歴であれば出世しやすい・・・と考えているからだと思いますし、そういう価値観から親世代の人たちは逃れられないのだと思います。
高学歴を獲得するために子どもは多くの時間を費やします。
もしかしたら、その時間を使えば今の時代ではもっと別のこと・・・他の可能性(リターン)のほうが大きいかもしれません。
もちろん、将来のことは誰にもわからないし、断言することはできません。
でも、何が何でも高学歴!・・・と頑なに高い偏差値を追求するよりも、学歴にこだわらず子どもの持つ無限の可能性を信じて、その可能性の開花に目を向けるほうがベターかもしれません。
高学歴は精神安定用の保険に過ぎないかもしれない・・・と気づくことも大事だと思います。