昭和初期のサラリーマンの就労時間は今の2倍以上あったかもしれません(そもそも週休2日ではなかったし)。
サービス残業も多く、文字どおり今よりも2倍以上の時間を働いていたように思います。
昭和後期に入ってもまだそうした傾向は続き、平成になって少しずつ就労時間は減少してきたように思います。
サラリーマンは、自分の会社の年間休日が何日あって、毎月の自分の就労時間数が何時間なのか・・・を一度見直してみると良いと思います。
1年間365日のうち何日が休みで=何日が就労日数で、1か月あたり自分は実際に何時間働いているのか?
年間休日が120日~150日あるなら、冷静に考えると1年の3分の1は休日・・・と言えます。
最近は「有給休暇の取得」が義務付けられてきましたから、うまくいくと年間の半分くらい休めることになるかもしれません。
そう考えると、昔と比べて収入が3分の2とか、半分になっていても不思議ではない・・・という見方もできます(むしろ昔と給料が同じでも有難いことだ・・・と)。
昔は休日出勤も多く、実質の年間休日なんて50日程度とも言える時代でした。
日々の就労でも接待があったり残業続きで「午前様(帰宅するのが夜中=午前になる)」という言葉があったくらいです。
今はどうか?・・・と言えば、かなり休日が多くなり残業も減りました。
働こうと思えば、今の会社(本業)とは別にもう一つくらい別の仕事(副業)をする時間を持てそうです。
毎日10時間程度しか働かず、月に8〜10日も休んでいて、「収入が少ない/もっとお金が欲しい/ストレスが溜まる」・・・などと言っている人はまだ危機感が足りないかもしれません。
自分が恵まれていることに気づかず、有るモノを見ないで無いモノを見ようとしているだけかもしれません。
休日は充実した人生を過ごす・・・などと言ってバンバンお金を使っていたらお金は貯まるハズがありません。
昔より給料が減っているのに昔の人より贅沢しているとしたら、貧乏になるのは当たり前です。
国が悪いのでもなく、会社のせいでもなく、自分自身の責任下です。
世間には「働きたくないけど給料は上げてほしい」という調子のいいことを望む輩が増えていると聞きましたが、ちょっと虫が良すぎると思います。
40歳を過ぎたいい大人が調子に乗って今風の恩恵を求めるなら、それなりの対価を支払う必要があると思います。
寝る時間以外は全部働く・・・とまで厳しいことは言いませんが、本当にお金をたくさんほしいと思うならそれくらいの覚悟があってもしかるべきです。
お金を稼ぐには「自分が働く=就労収入」か、「お金に働いてもらう=投資」か、「自分の権利に働いてもらう=権利収入」しかありません。
大事なことなのでもう一度書きます。
お金を稼ぐには「自分が働く=就労収入」か、「お金に働いてもらう=投資」か、「自分の権利に働いてもらう=権利収入」しかありません。
逆に言うと、自分が働き、投資も行ない、権利収入源を持つ・・・という構図が出来上がったら仕組みとしては最強です。
そんな自分の家計状態を夢見て、コツコツをその実現に向けて努力していく姿勢がある人は経済的自由を得る可能性が高まると思います。