
例えば、都心一等地のあるマンションの一室が1億円で売られていたとします。
これは一つの情報にあたります。
この情報を見聞きして、ピン!と来る人もいれば何とも思わない人もいます。
そのマンションを知っている人であれば、「あそこは最低でも一室2億円はするぞ!それが1億円で買えるならかなりお得だな」と思うかもしれません。
買ってすぐに時価相当で売却すれば単純計算で約1億円・・・経費等を差し引いても数千万円の利益が見込めます。
不動産やお金儲けに興味のない人は「1億円なんてそんな大金はないし、あっても誰がそんなものを買うんだよ~」と捉えるかもしれません。
買う → 売る → 数千万円の利益がほぼ確実なのに・・・。
あるところで1000円で売られているモノを別のところで500円で買うことができるなら、単純に考えれば「簡単に500円トクする」と導き出せます。
情報の先に隠れている「別の観点」を見極められるかどうかは仕事でもプライベートでも重要なことです。
上記の例はあくまでも仮定の話で一つの例にすぎませんが、物事がうまくいかない人というのはこうやってお宝の情報をゴミ扱いしていることが多いかもしれません。
つまり、視野が狭いわけです。
自分の決まりきった「見方」しかできないと、せっかくの良い情報を自ら放棄してしまうことになりかねません。
以前にこんな話を聞いたことがあります。
某コレクターが亡くなって、奥さんがそのコレクションを「ゴミ」として処分した・・・。
でも、実はそのコレクションをちゃんと売ったら「数百万円」の価値があった・・・とか。
何が言いたいか?と言えば、自分が知っている世界は世の中のすべてではない、ということであり、自分の見方が世間の常識とは限らない、ということです。
自戒の意味も込めて、世の中にはそうしたお宝情報がゴロゴロ眠っているかもしれない、深く考えずに第一印象だけで物事を判断してはいけない・・・と思います。