
いつの世も「縁」は大切なものです。
縁が人と人とを結びつけ、その出会いが複雑な化学反応を呼び、意図・予期しえなかったさまざまなプロセスと結果を導いてくれます。
たとえば、「お金を稼ぐ」という単純なことがいつの時代でも存在していますが、人は別にお金を食べて生きているわけではなく、お金自体は単なる交換手段/購買道具に過ぎません。
重要なのは、お金を利用して「自分の人生を生きる」ということであり、「主体的・能動的に自分の人生を生きる」ということだと思います。
Q. さて、果たして自分は今を適切に生きているだろうか?・・・と自問してみると良いと思います。
人はもっと自由でいいんです。
Q. いったい、いつから「雇われる」ことしか考えられなくなったのか?
Q. いつその思考から脱皮できるのか?
「雇われる」というのは、「植え付けられた概念」で、ここ数百年の間にできた概念です。
人間は「生き物」ですから「もっと自由に生きて笑って良い」ハズですし、まあ、社会生活を送る一人の人間として法律・倫理・道徳・マナーを守るという最低限の基準はありますが、そうしたうえで「自由に生きる」という生き方を選択することはいくらでもできます。
縁が運になります。
縁は計算するものではなく大事にするものです。
人生最大の幸せはこの世に生まれたことですし、それを活かさない手はありません。
自分の健康が損なわれる・・・職を失う・・・働きたくても働けなくなる・・・そんな日がいつ来るのか?あるいはあとどれだけの時間が残されているのか?は誰にも分かりません。
でもひとつだけ分かっていることがあります。
それは、「準備していた人だけが正常心を保てる」ということです。
平常心を保てることは「生き残る」ことを意味しますし、その道へと歩み出すのは自分の意思と行動次第だと思います。