
人生の9割近くはありきたりの日常/同じような日常が繰り返されていると思います。
そうした「いつもの日常」を否定するつもりはありませんが、ありきたりの日常の風景しか見ていないと感性は衰えていきます。
時間の経過とともに新鮮味が失われていき、惰性感ばかりが増していくようになります。
たとえば、食事だって毎日毎食同じ献立で同じ食材ばかり食べていたらすぐに飽きると思います。
一番ショボいと思われる人生は、そうしたありきたりな体験しかせずに老後を迎え、結局そのまま死道を歩んでしまうことです。
今の日本で「生きるため、生き延びるためだけのことしかやらない」というのはもったいないことだと思います。
人生の選択権はできる限り自分自身の手に持っていたいものです。
自分の手に選択権がないということは、逆に言えば自分以外の誰かの手にある、ということで、それは「自分の人生なのに自分の人生ではない」のと同じです。
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話は少し変わりますが、例えば英語でTOEIC850を超えたら、会社に選ばれる側から会社を選ぶ側にまわれます。
国家資格を有していたら、職に就くとき、相手側から選んでもらうのではなく、自分で相手先を選ぶことが容易くなります。
言いたいのは「選べる側の人生は良いよ~」ということです。
そうした人生は決してショボい人生にはなりません。
選んでもらうのを待つだけ・・・という受け身の姿勢だと人生がつまらなくなる恐れ大です。
それより、能動的に自ら選びにいく/自分のほうが選ぶ権利を持っている・・・ほうが人生は刺激があって面白いと思います。
衣食住だけの人生から離脱して、そこに「遊」とか「験」という言葉を加える生き方をするほうがベターだと思います。
























